■インタビュー 和泉翔平トレーナー(イセザキモール店)



ハンドボール一筋で生きてきた和泉さん。ハンドボールをやめた時は「人生、終わった」感じでしたが、Dr.ストレッチで、プロ(スポーツ)トレーナーという新しい目標を見つけました。苦しい日々から、プロトレーナーを目指す現在の生活まで、くわしく伺いました。

もくじ 
  1.   1.小学6年生から23歳まで、ハンドボール一筋
  2.   2.「ハンドボールをやめた。人生、終わった」
  3.   3.Dr.ストレッチなら、高い技術が身に付くと思った理由
  4.   4.手技は、同期たちと技をかけあって覚えた
  5.   5.研修所で、仲間と出会い、新しい夢を見つけた
  6.   6.相槌は「そっすね」。部活ノリのイセザキモール店


■ 小学6年生から23歳まで、ハンドボール一筋

--  和泉さんは、小学6年生から23歳まで、ハンドボール中心の毎日を送っていたそうですね。

高校時代のクラスメートと
(後列右から3人目:和泉さん)
ええ。
専門学校を卒業してからは、地元の秋田県で、ハンドボールの社会人チームに属し、本気で選手権のトップの座を目指していました。

当時は、ハンドボールの練習や、ボランティアで引き受けた小中学校のハンドボール指導に充てる時間が欲しかったので、時間に融通がきく町役場の臨時職員として働いていました。


しかし、次第に、非正規雇用という立場に、将来への不安を感じるようになり、社会に出てから3年でハンドボールをやめ、仕事中心の生活に切り替えることにしました。

■ 「ハンドボールをやめた。人生、終わった」

-- 10年以上本気で続けてきたハンドボールを、すっぱりやめたのですか。

はい。完全にやめないと、のめり込んじゃうんで(笑)。
でも、やめてからは、ホントに辛かった。
以前は、「次の試合に向けてコンディションを整えよう」、「このチームは、こうやって指導して優勝させるぞ」と、毎日、目的を持って行動していたんです。いつも、張り合いを感じていました。それが、ハンドボールをやめたら、目的も、張り合いも、突然なくなってしまった。
何も楽しめない、手につかない、人に会いたくない。「人生、終わった」感じになりました。

■ Dr.ストレッチなら、高い技術が身に付くと思った理由

-- 辛い思いをしながらハンドボールをやめた和泉さんが、なぜDr.ストレッチで働こうと考えたのですか。

働くなら、大好きなスポーツに関わる仕事がいい。プロのスポーツ選手をサポートできる、腕のあるプロスポーツトレーナー(プロトレーナー)になりたい。Dr.ストレッチなら、プロトレーナーとしての高い技術が身に付きそうだと思ったからです。

--「Dr.ストレッチなら、高い技術が身に付きそうだ」と思われた理由は何でしょう。

実は、プロトレーナーに必要な技術を高めるには、どういう手技を身につけるべきか見極めたかったので、接骨院、鍼灸院、リラクゼーションサロン、Dr.ストレッチなど、いろいろな手技を体験して歩いたんです。
比較した中では、Dr.ストレッチが、即効性、持続性、手軽さの点で、ベストでした。例えば、かなり肩がこっている場合、マッサージでは、ほぐれるまでに60分はかかるのに、Dr.ストレッチなら半分の30分ですむ。効き目は、マッサージで2日持つのに対し、Dr.ストレッチは4日ぐらい。Dr.ストレッチは、鍼灸治療のような道具がいらないから、手軽に施術できる。屋外での施術が多い、アスリート向けの手技だとも考えました。

■ 手技は、同期たちと技をかけあって覚えた

-- 和泉さんは、Dr.ストレッチのような手技で筋肉をほぐす仕事は未経験でしたよね。手技を学ぶ研修はいかがでしたか。

未経験の自分でも、研修で、現場に出るための基本的技術を吸収できました。
自分は、専門学校でエアロビクスのインストラクターコースを専攻しました。学校で勉強したり、スポーツをしたりしたことがある人なら、身体がどういうふうに動くものか、大体わかるはず。ある程度わかっていると、研修内容をイメージしやすいので、理解が速いです。
基本の技は、研修所のテキストを見ながら、同期たちと、何度も技をかけあっていけば、覚えられると思います。後は、実際に店に入って、経験を積むことです。自分は、腕を磨きたいので、自主的に講習を受けたり、評判のいい手技の店に行ってみたりしています。

■ 研修所で、仲間と出会い、新しい夢を見つけた

-- 研修所で楽しかったことをお聞かせください。

初めて、同じ挫折体験を共有できる仲間とたくさん出会えたこと。それと、これも生まれて初めてなんですが、「仕事って楽しいんだ。ドクスト(Dr.ストレッチ)辞めたくない!」って思ったことです(笑)。

-- 「同じ挫折体験を共有できる仲間」とは。

先ほど触れた、「ハンドボールをあきらめた時の喪失感をわかってくれる人」という意味です。
これまで、そういう人は自分の周囲にいませんでした。

「夢ばっかり見てるんじゃない!」
「いい年して何してるんだ」

ハンドボールに本気だったころの充実感や、やめた後の、ウツウツとした気持ちを話しても、大抵怒られるか、あきれられるかでした。

それが、研修所で、初めて、
「オレもあったよ。そういう時期」
って言ってくれる人に出会えたんです。
しかも、たくさん。
うれしかったぁ。

研修所には、全国から、プロスポーツを目指していたけれど、あきらめた人たちが集まってきてるようでした。
自分が会ったのは、北海道、福島、大阪、宮崎、熊本、沖縄から来てた人。元プロボクサー、バイトしながら格闘家を目指していた人、Jリーガー育成所にいた人。いろんなジャンルの元アスリートたちでした。

研修所で、喪失感を共有できる仲間と出会い、自分の気持ちを分かってもらえる安心感をしみじみ感じました。
すると、今度は、自分が、昔の自分みたいに燃えつきて苦しんでいる人を支えてあげたい。そうしてあげなくちゃみたいな、責任感が出てきました。

-- 新しい夢が、見えてきた感じでしたか。

はい。
ドクストの研修を受けて、仕事だから、売り上げを意識して働かなきゃいけないけれど、自分の技術力が上がれば、それだけ、売り上げが上がるし、お客様の力になれるとわかりました。そもそも技術力アップは、自分が望んでいたこと。技術を磨いた結果、売り上げが上がって、お客様に喜んでもらえるなら、うれしい。これなら、売り上げを上げるのに責任は感じるけれど、辛くはない。
今まで「仕事=デスクワーク」のイメージだったから、仕事が楽しいなんて思ったことなかったけれど、「こういう仕事は楽しい。ドクスト(Dr.ストレッチ)やめたくない!」って思ったわけです。

■ 相槌は「そっすね」。部活ノリのイセザキモール店

-- 研修を終え、店舗でトレーナーデビューされて、戸惑われたことなどありましたか。

社員旅行で先輩に施術中?
(右:和泉さん)
店に入ったばかりの頃は、技術、接客、売り上げなどいろいろありました。
でも、先輩トレーナーに支えてもらい、だんだん慣れていきました。

できないことがあっても、先輩たちは「なんでできないんだ!」なんて、怒ったりせず、「なんでできないと思う?」と聞いてくれます。自分で考えて解決できるよう、導いてくれるんです。みんな挫折経験があるからか、やさしいですよ。

-- イセザキモール店は、どんな職場でしょう。

部活ノリの職場です(笑)。 先輩たちは、自分の上司に当たるのですが、部活ノリなんで、相槌は「そっすね」でOK(笑)。全然上司っぽくないです。
技術力は、みんなで「朝練」、「夜練」して磨いています。
みんなでご飯食べて、何かあれば、みんなで考える。そういう職場です。

-- 最後に将来の夢をお聞かせください。

プロのハンドボールチームのトレーナーです。

-- 新しい夢に向かってがんばってください。貴重なお話をありがとうございました。




※ 取材日時 2013年12月
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